「麦藁帽子」(堀辰雄)

少女の姿がこうも変化して描かれているのは

「麦藁帽子」(堀辰雄)
(「日本文学100年の名作第2巻」)
 新潮文庫

夏休みの避暑地で、
「私」は少女と
念願の再会を果たす。
彼女は「私」の幼馴染みであり、
「私」の年上の友人の妹である。
かつて幼かった彼女は、
見違えるような娘となって
「私」の前に姿を現した。
「私」は彼女の
気を引こうとするが…。

本作品の場面は、
序章・終章を除いて
3つの部分に分かれています。
「私」が恋心を抱いた少女が、
そのそれぞれにおいて
違った姿で描かれているのです。

場面①避暑地の夏
「私」18歳・少女16歳

念願の再会を果たした避暑地の夏。
少女は日に焼けた
健康的で快活な姿となって
「私」の前に現れます。

場面②一年後の夏
「私」19歳・少女17歳

一転して彼女は
メランコリックな表情の少女に
変わっていました。
地元の病弱な青年と
交際している影響だと「私」は考えます。
そして恋敵登場と身構えるのです。

場面③三度目の避暑地
「私」20歳・少女18歳

「一箇の、よそよそしい、
偏屈な娘」としてしか
「私」の目には
映らなくなっていました。

少女の姿が
こうも変化して描かれているのは、
単に彼女の風貌が
変わっただけではないでしょう。
むしろ「私」が少女に寄せる思いの
変容の方が大きいのだと思います。
場面①②の間、
「私」は同い年である
彼女の姉と数回文通し、
場面③の直前には、
高名な詩人に連れられていった高原で、
詩人の知り合いの少女たちに囲まれ、
それらの誰かと
交際できることを夢想しているのです。
少女の心が「私」から離れる以前に、
「私」の心が少女を
求めなくなっていったのです。

エピローグで描かれているのは
関東大震災直後の
避難生活の一夜です。
両親の安否を尋ねていた矢先に
「私」は少女一家と落ち合います。
その夜の天幕の中でのことです。
「ふと目をさますと、
 誰だか知らない、
 寝みだれた女の髪の毛が、
 私の頬に触っているのに気がついた。
 私はゆめうつつに、
 そのうっすらした香りをかいだ。
 その香りは、私の記憶の中から、
 うっすら浮んでくるように見えた。
 それは匂いのしないお前の匂いだ。
 太陽のにおいだ。
 麦藁帽子のにおいだ。
 ……私は眠ったふりをして、
 その髪の毛のなかに
 私の頬を埋めていた。
 お前はじっと動かずにいた。
 お前も眠ったふりをしていたのか?」

甘く切ない思いが伝わってきますが、
少女はすでに
「私」の思い出の中の存在に
なっていることがわかります。
思春期の青年の初々しい心情が
余すところなく描かれた本作品、
堀辰雄の隠れた逸品です。

(2019.9.11)

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【青空文庫】
「麦藁帽子」(堀辰雄)

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